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学校で先生に怒られたちびっこ(中一)が「おかあさん、わたし気づいたんだけど、大人って怒った時“みんなが迷惑するから”ってよく言うよね。みんな迷惑してなさそうなのに」とつぶやいていた。 おお・・ちびっこよ・・まさかこんなに早くこの世の真理に辿り着こうとは・・・!

Twitter / agatha_ (via whyareyouwanazawasan)

自分の怒りくらい自分でケツ持たないとなぁ。大人なんだから

(via itutune)

過疎に苦しむ秋田県に帰ってきた。テレビをつけたらナマハゲが包丁かかげて「泣く子はいねぇが!…子供が…いねぇな。…秋田では少子化が止まりません」みたいなCMがやってて俺が泣きそうになってる。
ふぁぼったー / lesterbarnum : 過疎に苦しむ秋田県に帰ってきた。テレビをつけたらナマハゲが包丁かかげて「泣く子はいねぇが!…子供が…いねぇな。…秋田では少子化が止まりません」みたいなCMがやってて (via ssbt)

 最近、私が見たそんな「謎」は「右の頬を打たれたら左の頬をも向けなさい “But whoever strikes you on your right cheek, turn to him the other also.”」という言葉です。新約聖書マタイ伝の中に書かれているイエス・キリストの言葉です。この言葉を聞いた人が書いた、「あれ?ふつう右利きの人がほとんどですよね?だとしたら、右の手で相手をぶつんだから、(頬をぶたれる側の人からすれば)左の頬を打たれることになるんじゃないですか?最初に、右の頬を打たれたらってヘンじゃないですか?」という疑問を眺めたのです。…確かに、不思議です。世の中の90%くらいの人が右利きだということを考えると、ぶたれる頬は「左頬」が自然です。相手から「右頬」を打たれる、というのは何だか不自然です…?

 そこで、Wikipedia の”Turn the other cheek”の項や、「右頬を…」という言葉を解説した文章を読んでみると、とても興味深い(もっとも支持されている)説を知りました。それは、この言葉で勝たれているのが、「右手の甲で相手の右頬を打つ」という状況だった、ということです。確かに、右手の甲で相手の顔を払うように打つのであれば、(頬をぶたれる側からすれば)右頬が打たれることになります。そして、古代のユダヤ世界では、「手の甲で相手の頬をたたく」ということは、非常に相手を侮辱する行為で、自分より「階級・地位」が下である者に対してのみ行うことが許されていた、というのです。また、当時は左手は「悪い」側の手とみなされていて、自分の主張などを行う際には使うことができませんでした。だから、「右手の甲で相手の頬を打つ」というのは、「自分より地位が下のものを、侮辱しつつ叱責する」という目的で「ごく自然に行われていた」行為であった、というわけです。なるほど、だとすると、「最初に、右の頬を打たれたらってヘンじゃないですか?」という疑問は氷解します。…だとすると、今度は次の疑問が湧いてきます。「さらに奥にある疑問」が浮かんでくるはずです。「右の頬を打たれたら左の頬をも向けなさい」という言葉は、一体どんなことを言おうとしてるのでしょうか?

 「左の頬を向けられ」たら、(右頬を打った)相手はどうするでしょう?左手は使えませんから、左の手の甲で「左頬」を打つことはできません。だとすると、右手の掌で相手の左頬を打つことになります。…しかし、(自分より相手の地位が下だとみなす行為である)手の甲で相手を打つのではなく、「掌で相手を打つ」ということは、相手を自分と対等だとみなすことです。つまり、「自分より身分が下」だと蔑んでいる相手を、「自分と同等の人間である」と認める行為になってしまうわけです。(頬を打った側の人は)大きなジレンマを抱えてしまうことになるのです。

 つまり、この言葉は、単なる「相手の暴力・差別に対して服従・無抵抗になれ」という意味ではなく、「暴力は使わず、根本の意味におけるより強い抵抗を示せ」という言葉であった、というわけです。旧約聖書の「目には目を」という「報復行為」と対比されることが多いために、私はこれまで単なる「無抵抗主義を示す言葉」だと思っていたわけです。しかし、実はそうではなかった…ということがとても面白く、興味深く感じたのです。

「右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ」という幻想について - 愛・蔵太のもう少し調べて書きたい日記 (via tsundere) (via otsune) (via tnoma) (via petapeta, error888) (via petapeta) (via r-spike) (via shortcutss) (via kimagurefilm) (via send)

私はディズニーっぽいものが嫌いなんだけど、まあそういった好き嫌いは置いといたとしても。なんていうのか、ディズニーランドの演出って、すげえ馬鹿みたいだと思う。
 「ここは別世界だから時計は置きません、皆様はお客様ではなくてゲストです」みたいなこと言ってさ。「ここには従業員などいません、ミッキーマウスの中に人は入ってません」とか電波みたいなこと言ってるくせにさ。
 ジュースひとつ買うにも、ハンバーガーひとつ食うにも、コインロッカーひとつ使うにも、客から金を取るじゃん。なにをするにもいちいち金を取るし、銀行まで設置されてるじゃん。あれが納得いかないんだ。「ゲートをくぐったら別世界、皆様はゲスト」とか言うんだったらさ、いっそ入場料を二倍なり三倍なりにしていいから、園内のどこででも、好きなものを取って飲み食いできる形式にすりゃいいじゃん。そこまでやって初めて「夢の世界」になるんじゃないの。

 屋台のチュロスとか、なんかこう、楽しげなオヤツを楽しげな演出で売っててもさ、あれの一本一本に値段がついてるのって、めちゃめちゃ興ざめな話だと思うよ。「二本で×百円になりまーす」って、それがゲストへオヤツを渡すときに発するセリフか? 相手を消費者だと思ってる証拠じゃないか。やっぱりただの遊園地じゃないか。演出が中途半端すぎる。時計や従業員やゴミ袋を隠す前に、通貨を隠せよ。いちどゲートを潜ったゲストにサイフを出させるなよ。皆さん、そう思いませんか。

鉤 屋 脱 線 日 誌 (via 4kshike) (via yuco)
2008-10-22 (via gkojay) 2009-07-05 (via gkojay) (via konishiroku) (via toyolina) (via dominion525) (via sivamuramai) (via lovecake) (via hkdmz) (via aki373) (via 0610xxx) (via cannot994k) (via mikanthecat) (via st-mikan) (via yamanakan) (via usaginobike) (via trinityworks-interest)
「映画や買い物は大抵ひとりですね。ひとりでいるのが好きなんです」と話したら、「ひとりでいたがるのは、他人に嫌われるのを恐れてるから。大丈夫。もっと自分に自信を持って」って言われたんだけど、こういうヤツがいるからひとりが好きなんだな、って思いました。
(via xomorickyxo)

(出典: norick)

帰りに新宿三丁目でコンビニに立ち寄ると、50代男性がコンビニの外国人の女性店員に「おい外人、日本から出て行けよ」と罵声を浴びせていた。止めに入ると50代が「何だお前も外人か、文句あんのか?」というので、「大いに文句がある。同じ日本人として恥ずかしい」と返すと、50代男がひるんだ。
日常でヘイトスピーチを行う者たちは、攻撃対象の人びとがほぼ反論してこないというのが織り込み済みなのだろう。卑怯である。また、反論する者は外国人だと思いたいようだ。なので「日本人としてお前の行為は恥ずかしい」と返すと驚くようだ。本来は「日本人である前に、人として恥ずかしい」のだが。
Ikuo Gonoï (gonoi)さんはTwitterを使っています (via wideangle)
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